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    シナには正義という観念がない。それに当たる言葉もない。
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       ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆ 
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       事大主義と反日ののろいから永遠に立ち直れない悲哀
        韓国の怨み節という治癒不能の病理を冷静に批判し、日本の国民性と比較

        ♪
      黄文雄『立ち直れない韓国』(扶桑社)
      @@@@@@@@@@@@@@@

       仏教国家だった韓国は、檀君神話を『発明』(つまり偽造して)、
      世界で一番偉いのは朝鮮民族という誰も信じないファンタジーに酔ってしまった。
      もはや立ち直れないだろうという内容を多彩に検証するのが本著である。

      なにごとも「事大主義」と「反日」の呪いに呪縛され、永遠に立ち直れない悲哀が漂う。
      韓国人の怨み節という治癒不能の病理を冷静に批判し、
      日本の国民性と比較しているのが、この本である。

      一例を引こう。
      従軍慰安婦と強制連行のウソがばれても、朝日新聞が訂正して謝罪したのは「吉田証言」だけであり、
      しかも英語版には、その報道をしていない。だから米国は、朝日の動きを性格に掴んでいないが、
      朝日の訂正謝罪を「日本の右派の策動」と政治的色眼鏡で位置づけているのが、韓国と、そして中国である。
      かれらは落ち目の朝日新聞の再生を願っているという不思議な構図ができた。

      さるにても、として黄氏が改めて指摘する。

      「世界売春史の性風俗発展の過程はたいてい巫妓、官妓から市妓、私妓へと変わっていく。

      中国では、宋の時代になると市妓と私妓が盛え、宮妓も官妓も没落していく。

      朝鮮の妓生は代表的な性奴隷である。
      約千余年前の高麗時代からすでに公娼の記録があったものの、
      宋のように市妓と私妓が未発展なのは、商品経済と貨幣経済が未発達だから、
      『性奴隷』の解放は李朝が滅亡してからである」(232p)

      「日本陸軍は、中国のような国家による営妓(軍妓ともいわれる)の直轄経営をしなかっただけでなく、
      いかなる企業経営にも経済的活動にも参加していない。
      『狩り出された』といわれる『女史挺身隊』は、いわゆる『従軍慰安婦』ではない。
      彼女たちが兵士相手に強制売春をさせられたというのは、完全な歴史捏造である」

      そしてもともと朝鮮は中国に宦官と貢女を貢ぐ朝貢国家だった。

      この本を読みながら思い出したことがある。
      黒竜江省の孫呉に残る日本陸軍の将校倶楽部跡を見学したおり、二階に「妓室」があったので、
      中国人ガイドに「こんなことは日本陸軍ではあり得ない。
      売春は妓楼が軍の外にあり、兵士は、そこにかよった。
      軍兵舎や将校倶楽部の建物の中には絶対になかった」と抗議したが、
      その意味が分からずにポカンとしていた。
      さもありなん、中国軍では軍妓は兵舎、それも将校倶楽部の建物内にあったという何よりも証拠だろう。



       ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆ 
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       40年前に中国の真実を見抜いた作品群
        「あっと驚くことがおこる」と予言した数ヶ月後、日中国交回復だった 

        ♪
      岡田英弘『岡田英弘著作集5 現代中国の見方』(藤原書店)
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      全集も第五回配本になっていよいよ佳境。
      本巻では文革から毛沢東の死去、華国鋒の登場に至る時代が焦点となって
      多岐に亘る論考が収録されている。

      ところどころに本質的箴言がさらりと述べられていて、
      注意深くよまないとうっかり見落としてしまうかも知れない。

      「中国に外交はない」と断言する箇所では、
      西側の概念、近代政治学で定義されているような外交が中国にないことはキッシンジャーも指摘しているが、
      岡田氏はもっと議論を進めて「中国にはもともと外交という観念がない」と言う。

       なぜだろう?

      「どの国でも言われることだが、外交は内政の延長である。
      しかし、中国の場合はそれがさらに極端で、外交は『内政そのもの』である」(324p)。

       また、もっと驚くべき比喩は
      「シナには正義という観念がない。それに当たる言葉もない。
      『正義』という漢字が意味するものは、時の政府が公認した解釈ということであって、
      英語のジャスティスではない」(533p)

       岡田氏も出席した1972年7月の『文藝春秋』の座談会で、こういう予言的発言をされている。
      「私は、中国は非常に近い将来、突如日本に対して和解的になるだろうという見通しを持っている。
      そのあたりの兆候がすでに出てきている。(様々な伏線を中国が張り出しており)
      日本と手を打つ余地を残している(中略)。
      みんな『あっ』と言ったきり、口がふさがらないということになるだろう」

       この数ヶ月語に日中国交回復がなされるのである。

      思えば、そのおりおりに岡田氏は貴重な予言的主張を展開されてきたことが、この巻ではよく理解できる。


      転載元 http://melma.com/backnumber_45206_6115629/    
       




      | takehariy 鳳龍門 | サバイバル | 15:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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